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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1572号 判決

控訴人

ラジオ関東労働組合

右代表者執行委員長

池谷明彦

右訴訟代理人

松井繁明

外四名

被控訴人

株式会社ラジオ関東

右代表者

遠山景久

右訴訟代理人

渡辺修

外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人が訴外麻布台ビル株式会社所有の原判決添付別紙物件目録記載の建物のうち、三階のうち約837.8平方メートル及び二階のうち約786.7平方メートルを同訴外会社から賃借して、被控訴人の東京支社事務所としてこれを使用していたところ、昭和三九年八月二九日被控訴人の従業員の組織する企業別労働組合である控訴人に対し右東京支社事務所のうち同物件目録(一)記載の部分すなわち係争事務室を控訴人の組合書記局事務室の用に無償で貸与することを約して引渡し、以来控訴人がこれを組合事務所として使用していること、また被控訴人と控訴人間で右昭和三九年八月二九日付をもつて会社施設利用等に関する労働協約が締結され、その協定第八項において、「会社は書記局一室(約2.5坪、空調設備あり、内線電話一台、机、椅子を含む)を無償で貸与する。」との合意事項が掲げられていること、以上の事実は当事者間に争いがない。

控訴人は、控訴人に対する係争事務室の貸与は貸与場所まで特定された前記労働協約そのものによつて行われたものであると主張し、〈証拠〉によれば、右主張に副うかの如きであるが、これらは〈証拠〉の右協定の文言自体及び〈証拠〉に照らして採用できず、右〈証拠〉と前記争いのない事実とによれば、右協定第八項はそこに規定する規模、設備の部屋を組合事務所として貸与する旨の概活的な条項であつて、係争事務室の貸与は右条項の具体的履行としてなされた関係にあるのであり、すなわち、右労働協約の履行たる便宜供与として係争事務室について使用貸借契約が締結されたものであると認められる。そうすると、本件使用貸借契約は労働協約上の便宜供与を目的として成立したものというべきである。控訴人は係争事務室の使用関係につき、「団結権保障に伴う必然的な独特の使用関係」といい、または「特殊労働法的(単なる使用貸借上の権利と区別される意味での)使用権限」ないしは「労働法上の公序に基づく使用権限」を有するともいうが、それらの見解はいずれも遽かに採用できないところである。一方、被控訴人は、右使用貸借の成立に際し、当事者間で、前記労働協約が失効したときは本件使用貸借も終了するものとする旨の合意が成立したと主張するが、これを認めるに足る証拠はないから、右主張は採用の限りではない。

二前記協定第八項に係る労働協約について有効期限の定めがないこと及び被控訴人が控訴人に対し昭和四二年一月二三日をもつて右労働協約を解約する旨の予告を適式な文書をもつてなし、右予告が昭和四一年一〇月二四日(解約しようとする日の九〇日前)に控訴人に到達したこと、また被控訴人が昭和四二年一月二三日に控訴人に対し同日をもつて本件使用貸借を終了させる旨の告知をなしたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

してみれば、他に特段の事情がない限り、右解約予告により労働協約は昭和四二年一月二三日をもつて効力を失い、かつ、前記のように右労働協約上の便宜供与を目的とするものと認められる本件使用貸借は、契約に定めた目的に従つた使用を終つたものとして、前記告知により右同日終了したものといわなければならない。これに反して控訴人は、係争事務室について控訴人が組合活動の本拠たる労働組合書記局としてその使用権限を取得し、現に右目的に従いその使用を行つているから、係争事務室の使用目的は未だ終了していないと主張して、本件使用貸借の終了を争うのであるが、その主張は、採用できない。

ところで、控訴人は右労働協約の解約、使用貸借の告知をもつて公序良俗違反、不当労働行為、権利濫用であると主張するので、右解約、告知がなされるに至つた事情について検討するに、その事情として認定するところは、原判決理由中のこの点に関する説示、すなわち、原判決書二九枚目表三行目から四行目にかけての「成立に争いのない」以下三三枚目表九行目の「証拠はない。」迄の判示と同一(但し、認定証拠として当審における検証の結果を加え、かつ、三〇枚目裏七行目の「約三〇パーセント」を「約二〇パーセント」と、三二枚目表八行目の「前記労働協約を盾にとつて」を「その根拠として係争事務室は前記労働協約で場所を特定して貸与を受けたものであると主張して」と、同裏一行目「本件建物」から二行目「街路に面する」までを「敷地が傾斜しているため、地上に露出しており、」と各訂正する)であるから、これを引用する。右認定によれば、被控訴人が係争事務室をその業務上使用する必要性は真に切実なものがあり、他方係争事務室を明渡すことにより控訴人の利益が失われることに対しては、被控訴人において代替事務室(それが控訴人にとり係争事務室に比して不便なところがあるとしても当時の東京支社社屋の事情からしてやむを得ない)の提供を現実に用意する等して引続き便宜供与を図ることを申出ているのであるから、被控訴人のなした前記解約、告知については、単に権利の行使というにとどまらず、合理的理由があるものということができる。従つて、本件使用貸借関係の終了について、控訴人の主張にいわゆる特殊労働法的制約を加えるべきものと解してみても、右のように合理的理由がある以上、その終了を肯定するに十分である。

三しかるに控訴人は右合理的理由のあることを否定し、前記のように公序良俗違反、不当労働行為、権利濫用を主張するのであるが、以下のとおりいずれも採用できない。すなわち、控訴人は、右解約、告知をもつて組合活動家である磯田政男、碓永賢之に対する詐欺を理由とする告訴、解雇を土台或いは出発点とする被控訴人の組合破壊攻撃の一環として行われた不当労働行為であると主張し、右磯田、碓永の両名が被控訴人により詐欺を理由に昭和四一年二月頃告訴され、同年四月頃解雇され。そのうち刑事訴追を受けた磯田について控訴人主張のように無罪の判決がなされて確定したことは当事者間に争いがないが、〈証拠〉によれば、当時被控訴人の運転手であつた磯田、碓永の両名はそれぞれ取引先の有限会社品田自動車商会或いは株式会社村山商店をしてガソリン等の自動車用品の講入代金、自動車の修理代金について被控訴人に対し水増請求をなさしめ、その中から水増分に相当するすくなからぬ金員を受取つて、これを被控訴人から詐取していたこと、しかも右両名は被控訴人からその非違行為を指摘、問責されたのに対し、これは組合と被控訴人間で論議さるべき問題である等と称して全く反省の色がなかつたことを認めるに十分であつて(〈証拠判断略〉)、〈証拠〉によつて認められる右両名の組合活動歴を考慮に容れても、前記解雇が控訴人主張のように不当労働行為に当るものとは到底認めることができない。〈証拠〉も、前掲〈証拠〉と併せて見れば、被控訴人の総務部購買主任の岩城が購買規律の確立という会社の方針に従い、かねて問題があると疑つていた磯田について、昭和四〇年一二月頃その調査の協力方を知人の志賀に個人的に依頼し、その調査結果を会社に示すべく報告書の形で提出して貰つたことが認められるに止まり、控訴人の右主張を認める資料となすに足らない。その他、被控訴人が先制的ロツクアウトを計画していたとのことを含め、解約、告知が不当労働行為であることの徴憑として控訴人の主張する事実について検討するに、右ロツクアウト計画の点については、〈証拠〉によれば、被控訴人においては、昭和四〇年頃、組合の闘争が次第に激化して来た情勢のもとで、放送が不可能とさせられる場合を予想し、その対抗策につき、一部役員によつてロツクアウトが検討されたことがあり、そして昭和四四年三月に月商一億円達成計画が樹てられた際、右計画実施に対し組合の強い反対が予想されたので、場合によつてはロツクアウトを行うこともあり得るとして、その具体的方法を検討したことがあることが認められるが、控訴人主張のように、被控訴人が組合の破壊を狙つてロツクアウトを計画し、係争事務室が右計画に不利な場所に所在するがために、予めロツクアウトに備えて前記の解約、告知を行つたものであると認めるに足る証拠はないし、その他の課長代理昇格の際の組合脱退工作、或いは、各制裁処分、配置転換等については、提出された証拠の範囲では、いずれも、控訴人の主張を肯認すべき的確な証拠がないか、処分等について相当な理由があると認められるかであつて、これらを含め、証拠にあらわれた当時における本件労使関係の推移の中で右解約、告知を捉えて見ても、これをもつて不当労働行為に当るものと認めることはできない。また右解約、告知が公序良俗に反するとか、権利の濫用であるとかと認め得ないことは、それに至つた事情として曩に原判決を引用して認定した事実に徴して明らかである。

四控訴人は、本件のような継続的契約関係については、口頭弁論終結時における明渡の必要性、合理性が考慮さるべきところ、本件の場合は、前記告知後の被控訴人の経営改善、本件建物等における借増し等の事実に徴し、明渡を求める必要性も合理性もなくなつているから、本件明渡請求は失当であると主張するが、右主張をもつて告知の効力を争うものと解するときは、その主張自体において採用し得ないのであるから右主張を被控訴人の本訴請求が権利濫用であるとするものと解して判断することとする。しかるところ、〈証拠〉によれば、被控訴人は、曩に原判決を引用して認定したように経費節減のため昭和四一年九月一九日本件建物の三階の賃借部分のうち約三四〇平方メートルを賃貸人の麻布台ビル株式会社に解約返還したのであるが、その後経営改善に努めた結果、昭和四二年一〇月三一日の決算期以降各期に黒字を得て繰越利益を残すに至つたが、昭和四六年三月三一日の決算期で大幅な赤字を生じ、以来繰越損失を続けていること、被控訴人の東京支社事務所は当初から全体的に手狭まであつたが、前記のように昭和四一年九月に三階の一部を返還してからは一層狭隘となり、その後経営の改善、発展を目的としてなされた機構改革、新機材導入等も狭隘さを更に促進する結果となり、従業員からも不満が強かつたので、被控訴人は、その主張のように、本件建物の一、三階について、昭和四三年六月の借増し、同年一一月の借換え、昭和四八年九月及び同四九年六月の各借増し、昭和五一年九月の借増し(及びこれに伴う解約返還)を行い、そのほか、昭和四三年四月都内平河町に事務所(39.4坪)を賃借したが、用途として本件建物と一括しては評価し得ない平河町の賃借部分を別として、本件建物についていえば、昭和四一年九月の前記返還前の状態と比較すると、所要面積は相当に増加しているに拘らず、却つて現在なお約58.92平方メートル少いのであつて、隣接の部屋と一括してレコード、テープの集中管理用に使用したい等という、係争事務室を被控訴人の業務上切実に必要とする事情は依然として存続していることが認められ、右認定を左右すべき証拠はない。なお控訴人主張のラジオ関東サービス、ラジオ関東音楽出版社の賃借部分の点は、右両者の実体が被控訴人の事業そのものであることの的確な証拠がないから、右認定を左右するに足らず、控訴人が当審で新たに主張する横浜本社関係の点及び被控訴人の新社屋建設用地取得委員会発足の点も主張自体において前記判断を左右すべきものとは認められない。してみれば、控訴人の前記主張は採用できない。

五よつて被控訴人の請求は理由があるから、これを認容して仮執行宣言を付した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないので、民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(岡松行雄 田中永司 賀集唱)

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